
私たちが子供の頃から様々な形で訴え続けられている「交通安全」。
交通安全ムービーといえば、小学校の時や免許の取得・更新時に見た、「事故を起こすとこんなに悲惨な結果が待っている」というドラマ仕立ての映像を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
しかし、今回は、「交通安全」という一つのテーマを基に作られた5つの動画を紹介しながら、同じテーマでも「ここまで動画のクリエイティブが変わる」という好事例をご紹介したいと思います。
一瞬の油断が引き起こす惨劇をリアルに伝える。
最近日本でも問題になりつつある「ながらスマホ」。運転中の「ながらスマホ」防止をテーマにした動画が米国で200万回再生を超える話題となっています。
友達同士の楽しいドライブ中、スマホの着信音がなり、なにげなく画面を確認するドライバー。
しかし、そのちょっとした瞬間に不幸にも一時停止の標識を見落としてしまい、トラックと大激突。悲劇が訪れます。
実際にありそうな何気ない日常の中での、特に気にも留めない些細な行為が、ほんの一瞬でその空気を変えてしまうことをリアルに表しています。
車も事故シーンも出てこない、見慣れたものひとつで表現
同じく「ながらスマホ」の危険性を表現している動画ですが、この動画には車や電車はもとより、事故のシーンも、更には実写映像も出てきません。
カップルが繰り広げる、メッセージのやりとり。彼氏が彼女に贈ったプレゼントについてふたりで冗談を言いあいながら、ラブラブな会話がどんどん展開されていきます。しかし、車が激突したかのような衝撃音によって、二人の愛はすべてのメッセージとともに粉々にくだかれていきます。
冒頭で紹介した動画と同じ「ながらスマホ」というテーマでありながら、リアルな撮影も、精細なスローモーションも使わず、スマホのチャットツール画面だけで、「ながらスマホの危険性」も、「一瞬の恐ろしさ」も、「事故で失ってしまうものたち」も、全てを表現しています。
むしろ、使い慣れたチャットツールの中で表現されるからこその、「身近さ」さえも表現されているように感じます。
「音」だけで飲酒運転防止を訴える
先ほどの動画はスマホのチャット画面だけで表現されていましたが、続いて紹介するのは「音」だけで表現した動画です。
静まり返った部屋にあるレコード。針が落とされます。聴こえてくるのは、バーのようなガヤガヤした音。親しい人たちとの楽しい時間が想像できます。聞いていると、流れてくるのはバーを出て車に乗り込む音。しかしその後耳にするのは、クラッシュの音、救急車の音。そして最後に、「ピー」という、心電図が止まる音・・・。
「The same old song」は視覚的な情報をそぎ落とし、音だけで視聴者のイマジネーションを刺激することで、実際の映像では叶わない「想像力」という無限のイメージを見せてくれます。
「後悔」しないために、時間軸をずらして『先悔』に
次に紹介する動画は、冒頭で紹介した動画と同じように、事故の瞬間をリアルに描いた実写映像です。しかし、一部の時間を止めるという手法をとることで、冒頭の映像よりも更に心に強く刻まれる動画となっています。
見通しのいい道路で、子供を乗せた父親の車が曲がろうとすると、100キロ以上のスピードで直進する車と衝突しそうになります。しかし、ぶつかる瞬間、時が止まります。
車をおりる2人のドライバー。父親は「申し訳ない、曲がれると思ったんだ」と謝り、男性は「急に出てきたら止まれないじゃないか」と憤ります。
その返事に、父親は困惑した顔で「頼むよ、息子を乗せているんだ」と言うと、「スピードを出し過ぎていたんだ。どうにもできない」と男性は答え、2人はしぶしぶ車に戻ります。
そして運転席に乗り込むと、止まっていた時が再び動き出し・・・・
起きてしまってからではどうすることもできない交通事故を、起きた瞬間やその後の後悔ではなく、その先に確実に後悔が待ち受けるという状態=「先悔」として描くことで、恐怖にも似た強烈な安全意識を植え付けています。
「ほのぼのキャラ」が全く異なる視点から事故撲滅に貢献
ここまで紹介したように、交通事故撲滅・交通安全啓発動画では、シリアスな表現が用いられることがほとんどです。
しかし、続いて紹介する動画は、ほのぼのとしたキャラクターによる、シュールでユーモラスな表現で、実際に鉄道事故を21%減少させたという驚くべき事例をご紹介します。
「ほんとにバカな死に方があるよね~♪」「おバカな死に方ばっかり~♪」というTangerine Kittyさんの歌にのせて、ほのぼのとしたキャラクターたちが、不注意な行動によってどんどん死んでいきます。
「髪の毛に火をつける」「期限切れの薬を飲む」「ネットで自分の腎臓を両方売っちゃう」「スズメバチの巣をもて遊ぶ」「瞬間接着剤を食べる」「狩りのシーズンにシカの格好をする」などなど。
・・・あまりもバカバカしすぎる死に方のオンパレード。
そして、最後には、遮断機を無視して踏切に進入したり、飛んでいった風船を追いかけて線路を渡るといった、鉄道での不注意事故が同じトーンで繰り広げられます。
シリアスな表現で「事故の恐ろしさ」を伝える交通安全啓発動画とは異なり、不注意による事故で命を落とすことの「バカらしさ」や「もったいなさ」を納得させることで、事故を減らそうとする新しいアプローチではないでしょうか。
一つのテーマでも動画の表現は様々
ご紹介した5つの事例は、「交通事故撲滅」という一つのテーマで作られた動画ですが、5つともその表現の仕方が全く異なるものでした。
1と2は「ながらスマホ」という同じ課題ですが、その表現は全く異なっています。2と3では、「スマホ画面」や「音」という、間接的な表現にもかかわらず、視聴者の想像力に充分に訴えています。4は一見1の動画と似ているように見えますが、時間軸の使い方で、より心に突き刺さる表現となっています。さらに5に至っては、「危機」を煽るのではなく「バカらしい」という全く異なったアプローチで交通事故撲滅に大きな効果を発揮しました。
このように同じテーマの動画であったとしても、どのようなマインドの、どのようなターゲットに、どのように感じさせたいか、によって動画の表現は大きく変わるようです。